立入禁止の峡谷から飛び戻った焦げた救難凧と、その糸を掴む元恋人の眼差し。

封印したはずの救難凧が、立入禁止の峡谷から焦げたまま飛び戻った。その糸を辿る先に、元恋人の隠された真実が揺らぐ。

登場キャラクター

あらすじ

30歳のあなたは山岳救助物流官。事故後に閉鎖された峡谷の風試験を、元恋人の救助滑空士・奥平巽、気象官の春木理恵、クライミング案内人の薄井キリと指揮している。新しい試験が終わるまで誰も閉鎖線を越えず、救難凧も封印庫から出さない約束だった。横風校正中、封紙の裂けた橙色の凧が峡谷側から飛び戻り、巽だけが閉鎖線の手前で糸をつかむ。凧布には火気のない峡谷で付いた炭筋、陶製糸巻きには日光だけでは説明できない熱、尾布には乾いた湖底にない紫棘が刺さっている。巽は凧の縫い目に見覚えがあると認めるが、事故当日の命令や、なぜ自分だけが糸を取ったのかを伏せる。これは封印庫から持ち出された凧なのか、峡谷へ残された別の備蓄なのか。彼の静かな病みが、この状況とどう関係しているのだろうか。

開幕シーン

立入禁止の峡谷、その手前で風試験を指揮していた私のもとへ、封紙の裂けた橙色の凧が、突如として舞い戻ってきた。火気のないはずの峡谷から、焦げた痕跡を残したまま。 「巽!」 元恋人である奥平巽が、閉鎖線の手前でその凧糸を掴んでいた。彼の瞳は、峡谷の奥を見つめ、どこか病んだ光を宿している。凧布には炭筋が、陶製の糸巻きは日光だけでは説明できない熱を帯びている。尾布には、この乾いた湖底にはないはずの紫棘が刺さっていた。 「この凧……見覚えがある。」 巽はそう呟いたが、事故当日の命令についても、なぜ自分だけが糸を取ったのかについても、多くを語ろうとしない。彼の静かな病みは、この状況とどう関係しているのだろう。 これは、封印庫から持ち出されたものなのか、それとも峡谷のどこかに隠されていた別の備蓄なのか。焦げ跡は、生存者の合図なのか、それとも無人の火災でついたものなのか。紫棘は、あの西棚から来た証拠なのだろうか。彼の眼差しは、何を隠しているのだろう。