畳まれた救急服と、補修された袖。世話焼きな隣人が隠すのは、医療現場での過去か、私への隠れた想いか。

畳まれた救急服と、補修された袖。世話焼きな隣人が隠すのは、医療現場での過去か、私への隠れた想いか。

登場キャラクター

あらすじ

29歳のあなたは心身の回復のため休職中の救急隊員。隣室の家具修復職人・真柴啓介とは、互いの部屋へ入らず、断水時だけ屋上の非常用洗濯棚を分け合う約束をしていた。復旧直後の明け方、乾燥室には角まで妙に美しく畳まれたあなたの救急服があり、片袖だけ医療現場で使う補強縫いによく似た方法で直されている。ポケットから半分滑り出た退職届の封筒は封緘を保ったまま乾き、木製洗濯ばさみは救急隊の呼出符号と同じ順序で並ぶ。啓介は封筒にもポケットにも触れていないと言うが、袖を見ただけで裂け方の方向を言い当てる。家具職人の彼がなぜ医療用の縫い方と呼出符号を知り、あなたに黙っていたのか。優しい手入れに見える越境をどこまで受け取るかを選ぶ、隣室恋愛ミステリーになる。

開幕シーン

屋上の乾燥室は、まだ夜明け前の冷たい空気に包まれていた。断水が復旧し、非常用洗濯棚を使い終えた救急服を取りに来た私を待っていたのは、信じられない光景だった。 私の救急服は、角まで寸分狂わず美しく畳まれ、棚に置かれている。そして、その片袖だけが、ごく自然に、しかし明らかに医療現場で使われる補強縫いによく似た方法で直されていた。ポケットからは、半分だけ退職届の封筒が滑り出している。封緘は破られていないが、湿気だけが抜かれたように、乾いていた。そして、救急隊の呼出符号と同じ順序で並べられた木製の洗濯ばさみ。 隣室の真柴啓介は、洗濯を手伝ってくれたと言う。世話焼きな彼らしい行動だが、彼の瞳の奥には、どこか静かな病みが宿っているように見えた。 「封筒にもポケットにも、触れていない」 そう言う啓介の声は、どこか居心地が悪そうだった。しかし、袖の裂け方を見ただけで、その方向を言い当てた。家具職人の彼が、なぜ医療現場の補修法や呼出符号を知っているのか。そして、なぜその事実を私に黙っていたのか。これは、ただの親切心なのか、それとも、私の知らない彼の過去が、この補修に込められているのだろうか。私の進路を揺るがす封筒と、彼の手作業による謎めいた補修が、私を迷わせる。