二人の刻印を削り匿名の札へ変えられた修繕記録は、別れた衣装主任の悪意か策か。

二人の刻印を削り、匿名の札へ変えられた修繕記録。別れた衣装主任が隠すのは、誰かの悪意か、私を巻き込まないための策か。

登場キャラクター

あらすじ

31歳のあなたは映画衣装の連続性を管理する監修者。最終撮影後、元恋人で衣装主任の千々石維吹と直した衣装は、二人の名を残した修繕記録で保管する約束だった。だが、旧映画館の返却庫で維吹はあなたが片袖を直したコートを着たまま腕を引き、札の修繕者欄を匿名へ書き換えている。採寸台には二人の刻印を削った糸切り鋏、巻き癖の残る布尺が。アーカイブ担当は、別部署から戻った十着にも同じ匿名札が付いていると告げる。維吹はコートを読取機へ通さず、『名前を残したければ、今は名前を消すしかなかった』と言う。彼が十一着を守ろうとしているのか、自分たちの無断修繕を隠したいのか、誰の指示で鋏の刻印まで削ったのかは話さない。匿名札は作者を奪う仕組みなのか、移管を止める非常口なのか。恋を直す前に、直した手の名を誰が消したのかを追う共同作業劇になる。

開幕シーン

旧映画館の返却庫は、独特の湿気とカビの匂いが混じり合う。最終撮影を終えた衣装の山が、まるで過去の物語の残骸のように積み上げられていた。 「……千々石」 あなたの声に、彼はゆっくりと振り返る。元恋人である千々石維吹は、あなたが片袖を直した撮影用コートを、まるで自分のもののように着こなしていた。その腕が、不意にあなたの手首を掴む。そして、彼のもう一方の手が、コートの裏地に縫い付けられた修繕記録の札を、ゆっくりと、しかし確実に匿名へと書き換えた。薄暗い照明の中、彼の疲れた目が揺れていた。彼の指先が触れた場所に、確かな熱が残る。それは、過去の恋の残滓か、それとも新たな感情の始まりか。 「名前を残したければ、今は名前を消すしかなかった」 そう呟く維吹の言葉は、まるで謎かけのようだった。あの時、たしかに二人で誓ったはずだ。修繕記録に、連名でクレジットを残そうと。彼の視線は、あなたの背後にある採寸台へと向けられている。そこには、二人の刻印が削られた糸切り鋏と、巻き癖の残る布尺、そして深朱の糸だけが抜かれた仕入れ票が、無言で横たわっていた。この行為は、果たして彼による裏切りなのか。それとも、あなたを守るための、不器用な秘密なのか。